バットマン ビギンズ

スパイダーマンがどうしてスパイダーになったのか。
アナキンがなぜダークサイドに落ちたのか。
Xマンとは何者なのか。
バットマンがなんでコウモリなのか。

特に疑問に思ったことも無いのに私は全部知ったことになる。
映画全部がバットマントリビアの泉だった。
つまらなかったかというとそんなことはなく、とても楽しかったけど。
スパイダーマンに続き、またヒロインがブサイコなのはいかがだろう。

ヒーローたちの共通点は理系である。
その理由は私の知るところによるとこうだ。
アメリカでは、日本のように小さいときから偏差値によってランクわけされ、常にフルイにかけられながら小・中・高・大と進学するシステムがないため、すんげーバカと超秀才とが同じクラスに共存している。
活発で元気なバカと、内気な秀才とを同じ場所に置くと、人間関係のピラミッドではバカのほうが優位になる構造があるらしい。
腕力の勝るほうが上。
スピルバーグもルーカスも、このピラミッドで痛い目をみた過去があるという。
つまり、夢中で映画なんかを見るような理系のヲタクは、豪腕なバカによってずっと暗い思春期を過ごした。
ハリウッドのCG界は、現在そういう過去のトラウマを背負った人の巣窟になっており、そういう人たちが映画を作ると、そこに登場するヒーローは必然的に理系で、しかも腕力を備えて、バカに成敗をくれてやる、という図式になるというのだ。

問題は、秀才でもないし、今後腕力を備える予定もない私が映画をみてうっとりしている点。腐ってもハリウッドマジックだ。
コスプレで映画館にのりこみ、ヒャッホーとかいっているバカが、理系男に駆逐される様をみて喜ぶというのも不思議なもんだ。このあたり、理系男のサディスティックな一面を感じる。感慨ひとしお。
キャットウーマンも自分であのコスチュームにミシンをかけていたし、スパイダーマンも自分であの全身タイツを作った。バットマンも自分であのムキムキスーツを工場に発注している。
中の人はあくまでも人間ってのは譲れないのだ、こうなると。
ときに、私はウルトラマンが変身するシステムをまだ知らない。
ウルトラ兄弟が揃うとき、ウルトラの中の隊員も揃っていることになると、そこで交わされる会話はどんな感じなのか。
レオはタロウを「兄さん」と呼ぶのか。喧嘩すると「タロウ氏」になってしまうのか。
ウルトラの父と母の出会いとか、「ウルトラ家族ビギンズ」も見たくなってしまった。
こうなったら知りたい。